魂の骨格 S.H.Figuarts『ベルセルク』シリーズ <原型師 長汐 響>
2023-09-11 10:00 更新
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S.H.Figuartsに約束の刻来たれり。人気コミック『ベルセルク』シリーズがついに始動する。
9月には第一弾となるガッツ、10月には第二弾となるグリフィスを連続リリース。そこで発売を記念して、原型担当である長汐響氏にシリーズの魅力について語ってもらった。長汐氏と言えば、真骨彫製法シリーズの原型師。ガッツ、グリフィスもまた同様の製法にて造形が行われている。さらに二次元キャラクターとしては稀有な例となる「魂のデジタル彩色技術」を採用するなど、その仕様はまさにアクションフィギュアの最高峰。S.H.Figuarts ガッツ、グリフィスはいかに開発されたのか? 因果律に束ねられし糸が今、結ばれる!
■魂のデジタル彩色技術
――まずは商品サンプルを目の前にして、いかがですか?
長汐:それは嬉しいですよね。いつも思うのですが、結局アクションフィギュアは、商品こそ完成形なんですよ。スタチューであれば、原型を彩色したデコマスが一番よい状態で、生産では簡略化されてしまうこともありますが、アクションフィギュアは可動も含めてプロダクトがもっともよい状態。商品サンプルの段階だからこそしっかりとした関節になるので、我々もこれで初めて思い切り動かせますよ。
――原型からの再現度はいかがでしょう?
長汐:かなり再現してもらっているなと感じます。彩色も完璧ですね。最近のフィギュアのトレンドとして色彩も含めて派手さが求められていると思いますが、ベルセルクはそうじゃないですよね。色味がシンプルなこともあり再現度は高めだと思います。
――原型担当としての見どころは?
長汐:やっぱり顔。ガッツもグリフィスも完璧だと思いますよ。
――顔の造形はかなり苦労されたのでは?
長汐:そうですね。ただ、弊社は真骨彫シリーズを担当していることもあり、基本的に原型は骨から造形しています。方法論的には『ベルセルク』を描かれた三浦建太郎先生、続編を引き継いでいるスタジオ我画の皆さんが、キャラクターの描き方として意図するところとかなり近いと思っています。おかげさまで顔に関しては、監修を一発で通してもらえました。これはかなり自慢できることだと思っています(笑)。それと今回は「魂のデジタル彩色技術」がよかったですね。
――通常は実在の人物や実写映画などのフィギュアの顔表現で使われている技術ですよね。
長汐:そうですね。今回はアニメ、コミック系としては珍しい試みでした。これがすごくハマってくれて。リアリティある作品では、どうしても目が小さくなってしまい、顔の再現が難しい。『ベルセルク』シリーズの立体化が決まった際、造形面としては顔を再現できるけど、彩色は難しいだろうなと思っていました。ただ、開発中、デジタル彩色の話が出て。デジタル彩色のよいところは海外工場に頼らず、国内で試作ができるんですよね。第1試作が出た段階で、「これはいける!」と感じましたね。
▲長汐氏によるガッツの顔の原型。この頭部をデジタルデータ化し、「魂のデジタル彩色技術」にて彩色データを作成。約2㎝サイズの顔パーツの中にミクロレベルでの精密な彩色を可能とする。
商品企画担当:デジタル彩色の担当の方が、めちゃくちゃ『ベルセルク』が大好きで。なので長汐さんのデコマス(彩色試作)を全力で再現すべく調整していただけました。
――造形時、『ベルセルク』ならではの意識したところはありますか?
長汐:あまり他と変えているところはないのですが、とにかく原作に描かれているものをできるだけ忠実にフィギュアとして落とし込む。デザイン化していくことですね。ただ、制作時間はめちゃめちゃかかりました。
――それはいつもの原型以上に?
長汐:はい。これまでの原型師としてのキャリアの中で最も仕事量の多かったキャラクターですね。総合力をめちゃめちゃ要求される感じです。まずは正確な肉体表現、そして鎧の構造を理解して造形しなければならない。鎧は人体の造型とはまた違った技術、ファクターなんですよね。面もめちゃくちゃ多い。さらに義手、ボウガンや大砲のような機械的の構造面。それと布のマントをどう仕上げるなど、試されていることがすごく多い(笑)。
――マントはどのように作られているのでしょうか?
長汐:マントは人形アニメーションの人形と衣装を作っている「人形工房」の山本さんという方にお願いしてるんですよ。普通ならアパレル系の方に頼む仕事ですが、アパレルは工程として縫いますよね。でも人形アニメーションの場合は、縫い目が出ると、スケール感が合わなくなるため、できるだけ接着したり、動かすためにワイヤーを入れたりするんです。スケール感もフィギュアとすごく近い。今回の見せどころのひとつですね。
商品企画担当:マントはかなり複雑な抜き型になっているのですが、工場の担当さんがやはり『ベルセルク』好きな方で、我々の無理難題に全力で答えてくださいました。
長汐:「作品が好き」は重要ですね(笑)。マントの柄やうねりのプリントは、原作の中からサンプリングしてデザインに落とし込んでいるんですよ。そういう試みも、今まであまりなかったですね。
――通常のフィギュア以上にさまざまな工程を経て完成しているんですね。
長汐:やっていって気付くのは、そのすべてが劇中のガッツと重なっていることです。『ベルセルク』は、”人間が一人で怪物を倒すためには一体何が必要なのか?”を克明に描いてますよね。そのために必要な武器が巨大剣で、道具、鎧、マントと、すべてに理由があってガッツが構成されている。それが造形していると伝わってくる。
――ある意味、キャラクターの生き様を造形で再現する作業のような?
長汐:全くすごい話ですよね。それら全てが絵になっていて、すべての装備に理由があって、それを立体として再現しようとすると、めちゃめちゃ大変なことがわかる(笑)。“形”に表れているんですよ。それこそ傷だったり、シワだったり。そういうことをすべて三浦先生は絵で表現していたことが伝わってくる。
――三浦先生の仕事も追体験しつつ……ですね。
長汐:はい。原型師の仕事において、作品に深く入り込んでいくことが出来た時は良い物ができるという感触があります。今回は特に気づきが多くて。なんか面白い、いや良い体験をさせてもらいました。
■“真骨彫製法”と同レベルの造形工程
――原型はどのように作られているのでしょうか?
長汐:作り方は本当に真骨彫シリーズと変わらない感じで。同じように骨からクレイで造形しています。最初は手原型、アナログ造形ですね。骨からと言ってもキャラクターありきですが、『ベルセルク』は三浦先生が資料をすごくきっちりと作っていらっしゃる。それこそ裸体図まで残していただいているので。
我々はこの中に骨を描き込んで、そこから逆算して筋肉、肉体と造形していきました。アクションフィギュアの場合は左右対称であることがすごく重要で、まずステンレスの鏡に写しながら半身を作るんですね。これは大先輩原型師である竹谷隆之さんを真似ているんですが。粘土で作ったものを複製でキャストにして、関節を描き込んだものをデジタルスキャン。ここからデジタル作業で、スキャンしてデータをミラーリングで左右を合体させて全体の原型となります。
▲三浦氏による正面設定画と、長汐氏によるガッツの原型。原型は鏡に写しながら半身を造形。骨から筋肉、肉体、さらに鎧と造形されていく。
――デジタル上でも原型修正を行うのでしょうか?
長汐:細かいところをブラッシュアップしていきます。監修の結果を反映したり、シャープにしたりとか。もちろん企画担当さんとも話し合いながら「生産上、このパーツはちょっとこうした方が動くんじゃない?」などを繰り返しながら作っていく感じですね。
――出力した段階で、あらためて手原型で修正することもあるのでしょうか?
長汐:けっこうありますね。関節を追加して出力したものは、隙間が狭かったりなどあるので、そのあたりの造型を直したり。例えばヒザが曲がったあとの造型を追加したり。そういう細かい追加が出来るか出来ないかで、完成度が違ってくると思っています。実際、最初の手原型ができたところで、作業的にはまだ全体の1/3くらいの進行度。ここから2/3は関節を入れて調整しての作業が続きます。
――鎧の造形、構造などでの苦労はありますか?
長汐:鎧は個人的にあまり作った経験がなかったこともあり、「難しいもんだなあ」と思っていました。ただ、先生がしっかりと設定を作り込まれていたこともあり、ある程度は「設定通りに作ったらわりと動いちゃった」みたいなところがありました。
――設定の段階で3Dとして破綻が少なかった?
長汐:少ないです。先生の部屋には本物の『狂戦士の鎧』があるんじゃないか、みたいな(笑)。
――さきほど顔の監修は一発で……とのことでしたが、鎧の監修はいかがでしたか?
長汐:鎧に関してはいろいろとアドバイスをいただきました。しかも、直筆、すべて手描きの設定で指示をいただいたんですよ。最近、こういう監修はとてもめずらしいんです。通常は写真のプリントアウトの上から赤線や赤字のチェックですから。すごい楽しい監修でした。こんなに素晴らしい監修は、今まで本当にないくらい。我々が疑問だったところがキチンと回収されて世界を教えてくれる。それって三浦先生の考えていた構造や意図がすべてスタッフであるスタジオ我画さんに伝わっているってことで、それもまた素晴らしいことだと思います。
――監修を受けるに当たり、特に印象的だったことはありますか?
長汐:膝のアーマーの部分ですね。3枚のアーマーが重なっているのですが、我々が原作で調べたところでは同じ大きさだと思っていて。ただ、実は2つが一緒で、一番上だけ違うと監修をいただいて。コミックでは、そうは見えないんですよ。でも拡大したら、確かにちょっと違った(笑)。感動しましたね。
――監修してもらったからこそ、わかる設定もあるんですね。
長汐:グリフィスの手綱の握り方についての監修もいただいて。コミックではわかりやすいシーンがなかったので、最初は現実の乗馬スタイルに合わせて作ったんです。でも監修では「こういう風に作ってください」と資料が届いて。作中のグリフィスの握り方は実際の乗馬技術としては間違っているけど、三浦先生はあえて訂正せずにそのまま描き続けているとの内容のコメントがあって。原作では描かれていないけど、そこには三浦先生の意向がしっかりあったんです。それって裏設定じゃないですか? なんか「こんな情報聞いていいのかな?」と思って。握り方の理由とか想像すると面白いですよね。
▲スタジオ我画による監修資料の一部(画像左)。グリフィスの手綱を持つ手首についての説明が詳細に記載されている。
――ある意味、設定を紐解くような造型工程ですよね。
長汐:設定の意味を確認しながら再現していくと、より良くなってくる。やはりすべての形状に理由がある。それとグリフィスで監修がよく入ったのは、モチーフの鳥ですね。
――“光の鷹”ですよね。
長汐:本当、言われたらその通りなんですけど、すべての意匠に鳥のモチーフが加わっているんですよね。「鎧のこの部分を鳥の嘴っぽくしてください」みたいな。それこそ鳥の羽の構造まで勉強しないとダメだなと(笑)。そのあたりもなんだか趣味的にも合うというか。原型師として知っておいて困ることではないですからね。
▲スタジオ我画による監修資料の一部。兜後部の反り具合や、ヒザガードの形状など細かい指示が入っている。
――人以外の骨格も調べないといけないんですね。
長汐:いけないですね。そういうところの仕事量もすごくあって。まあ、結局好きだから性に合ってる。
――グリフィスには馬も付属していますよね。
長汐:実は馬も骨から作ってるんですよ(笑)。
――人と異なる構造だけに苦労もあったのでは?
長汐:実のところ内側の骨から作って覆う方は、情報さえ手に入れれば、誰でもできると思っています。普段は専門学校の講師もしているのですが、生徒にはルネッサンス期に先人が得た解剖学の知識がせっかく本として残っているのだから、「それを使わないのはすごく勿体無いことだよ」と話しています。なので、特に馬だからどうということはなく、「人間と一緒じゃん」みたいな感じで作ってますね。
商品企画担当:ただ普通の馬じゃなくて、転生後のグリフィス、神様の馬なので、顔周りや脚を細くしてもらいたいとの監修もあって。普通の馬と体型が違いますよね。
長汐:どことなく竜みたいなイメージなんですかね。
――筋肉の付き具合なども、しっかり造形で感じられて、艶感もリアリティがありますよね。
長汐:骨から作っていると自然とそうなるんです(笑)。あまり彩色にコストをかけられなかったのですが、現状の色分けでそれっぽく見えるようになって良かったです。
■S.H.Figuarts ベルセルクシリーズ
――原型担当としてのベストアングルはありますか?
長汐:商品撮影も立ち会わせていただいて、水野プロの柴田さんに良い写真をたくさん撮っていただきましたが、ガッツの食いしばり顔の煽りアングルが気に入ってます。食いしばり具合と、目が上を向いている感じですね。かっこ良くはないけど必死な感じ、原作でも描かれているところ。表情筋とかを作りながらやっていくと、「あの顔になるな」って感じで。すごく再現できたと思います。
――グリフィスはいかがですか?
長汐:グリフィスは本当に、どこでも絵になる男ですよね。あえて斜め上から見るとちょっと頬がこけているように見えるんですが。そのアングルがすごく綺麗。やはり顔の話になっちゃいますよね、どうしても。
――ポージング的にはいかがですか?
長汐:そこはもう戦っているポーズですね。大剣を振り回して戦うシーンは、やはり『ベルセルク』ならではですし。パッケージなどの商品写真を見ながらでも、ぜひ再現してもらいたいですね。それこそ布のマントはすごく“使える”オプションになっています。
――今後、ベルセルクシリーズでやってみたいキャラクターはありますか?
長汐:ゾッド、楽しそうですよね。
――大型サイズの固定で、フィギュアーツZEROとか?
長汐:でも動かしたいですよね。
商品企画担当:「絶対動かそう、動かしてください長汐さん!」って思ってます(笑)。
長汐:めちゃめちゃ希望はありますけど、そこはもちろんシビアな話もあって。それこそガッツ、グリフィスのユーザーさんの応援次第、やはり続けるためにはセールスも大切ですからね。
――同シリーズは発表時から反響も大きかったですよね。
長汐:SNSなどで顔をずいぶん褒めてもらえました。それこそ「決定版だ」と言ってくれた人もいて。「デジタル彩色技術」の顔、複雑な形状の布マント表現など、今の時代の最新技術だからこそできる『ベルセルク』アクションフィギュアだと思っています。それと今回は企画担当さんがすごく自由にやらせてくれて。任せていただきつつ、しっかりと我々がやりたいことを実現するために戦ってくれて。
スタッフも本当に『ベルセルク』が好きな人が集まって、これ以上のものはできないと思えるくらい、すごく上手くいった仕事だと思います。
――ありがとうございました。
そのこだわりをご紹介した、『ベルセルク』シリーズ第1弾「S.H.Figuarts ガッツ(狂戦士の甲冑)」はいよいよ一般店頭にて9月30日(土)発売!
記事中ではまだ隠した状態とした商品パッケージデザインは、近日公開の商品サンプル開封動画にて公開予定!
長汐 響(ながしお きょう)
(株)GB2所属、原型師(SCRATCH MODELIST)。
S.H.Figuarts 真骨彫シリーズのほか、S.H.Figuartsワンピースシリーズなど、数々の商品開発に携わる。
©三浦建太郎・スタジオ我画/白泉社
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